歳をとる切なさと尊さと自分の表現を諦めないことについて【山田ズーニーさん編】

山田ズーニーさんは言葉を仕事にされているコミュニケーションインストラクター。

私が初めて彼女のことを知ったのは今から6.7年前でしょうか。

当時、東京で楽器店のピアノインストラクターをしていた私はインストラクターの中でも年齢的にも上の方で、再入社の身。

この楽器店には年に1.2回、全国のインストラクターが集まる会議というものがありました。

ある時、エリアのマネージャーから会議の中でプレゼンをしてもらえないかと連絡を受けました。

恐らく他にも声をかけて断られている様子。

こういう場合、やったことがないことへの不安や諸々色々と言いたくなりますが、これは相手の時間を奪うことで良いものは何も生まないと思っていた私は、それが出来る人と判断してもらったと前向きに受け取り、即答で引き受けました。

引き受けてから、考える。

そして焦る。どっと不安が襲う^^;

なんで引き受けてしまったのかと一瞬後悔もする。

人はそうなるとどうするか。

解決策を探してひたすら考え、足掻いて行動するε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

(とりあえずやり始め、やりながら考えていくと何とかなるものですね笑)

この時の行動の中に、ライターをしている友人に相談するということがありました。

理由を説明し、どこかのお店で話を聞いてもらい意見を乞うたのを今でもよく覚えています。

その時に教えてもらったのが、山田ズーニーさんでした。

糸井重里さんのほぼ日刊イトイ新聞のサイトで「おとなの小論文教室」というコラムを20年続けられている方。

実は岡山出身で親近感も湧き、彼女のコラムを読みまくりました。

友人には他にもプレゼンのセミナーなど紹介してもらい、とにかく目の前のプレゼンという私にとって未知の世界に向き合いながら、沢山の経験をさせてもらいました。

プレゼンは学びと出会いが沢山ありましたが、結果は思い出しただけでも恥ずかしいぐらい、自分のこと、周りのこと、まだまだ見えてなかったなぁと^^;

それに気づけただけでもやって良かった、成長できたと思ってます。

何でも初めてのことは失敗もありますが、得るものは大きい。

そして私にとってこれも自分を表現すること、生きがいだったんだろうと今になって気づきますね。

前置きが長くなりましたが、その時から山田ズーニーさんの「おとなの小論文教室」のコラムはお気に入りにいれ、今でも時々読んでいるのですが、先日、大事なことに気づかされるコラムに出会ったのでここに残しておこうと。

この歳だから、なにかを諦めようとしている人へ

このタイトルで何気なく読み始めたコラム。

途中から心がざわざわしてきて引き込まれ、なるほどなぁと考えさせられました。

86歳のお母さんからの一本の電話から始まります。

なぜか読んでいて涙が出ました。

何十年も続けてきたパッチワーク教室をやめると言う連絡。

「やめたくないけど、やめたい」

この言葉の中に含まれる切ない2つの理由。

一つは『迷惑をかけたくない』

もう一つは『想うものがつくれない』

ズーニーさんはただ「やめたい」と言ったお母さんの本心「やめたくないけど、やめたい」理由も含め、この心根に気づいていたから全力で止めたと。

このコラムはぜひ全文を彼女の言葉でゆっくり読んで頂きたい。

もうこの歳だから、何かを諦めようとしている人へ

その後のお母さんの話に続きもあるので、ぜひ読んでみてください。

もうこの歳だから、何かを諦めようとしている人へ 2

最後に書かれていた言葉。

「おかんにも、未来の私にも、そして、もう歳だから何かを諦めようとしている人にも、

枯れていく今だからこそ表現できる、今しか表せない想いをカタチにして、

表現の花を咲かせて欲しい」

コロナ禍でより浮き彫りになった生きがい。

自分が自分であることを表現する大切さ、老いることの切なさ、尊さ。

彼女のコラムは今でも私に気づきを沢山くれる。

明日から10月。

2020年もあと3ヶ月。

未来に向けて、今のこの時間を大事に、諦めず学びたいものを学ぶ時間にしたいと思います^^

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